灰じょんのブログ

灰じょんが10代の記念にブログを書きました。すでに20歳を超えたので、今は思ったことを書いてます。何卒よろしくお願いします。

【前祝い】5000PV

 このブログ、2018年3月16日に始めて、多分6年になる。

 

 PVの数がもう5000になる

 

 4980です。

 

 ということで前祝いだ〜! わーい!

 

 

 実際は他人に5000回見てもらったわけでは無い。

 ブログを更新するたびに自分でブログ見るし、ホームページとブログ記事で2PVカウントされている。

 少なく見積もっても1000、多く見積もれば半分は私自身のPVである。

 

 だけど、ちょっと嬉しい。

 

 思えば、長くやってきたね〜。

 6年間、ずっとしこしこ書き続けて、ここまできた。今更捨てるにもサンクコストを気にするようになってきた。

 読み手が増えたり、減ったりしながら、ここまでやってきました。

 ありがとうございました。

 

 みんな、5000PVになるから、みんな、適当にページ、みんな、回してくれ!!

 

電車の中でエスプリを見せていくゥ

 行きの電車の中で、過去に揺蕩う私は、どこに向かってるのか分からなくなる。電車は一本道なのに、乗客は無数のゴールへ向かう。私はそのどれからも違う選択を取ることに、孤独に近しい寂しさと、誰とも違う自己同一性に喜ぶ。束の間の各駅停車。夕暮れの光は、スマホの画面を見えにくくする。同じくらい現実まで見えにくくて、私にはサングラスもサンバイザーもない。光に向かって歩いているはずなのに、光を遮るものはない。雨も降らないほど乾いた感性の土を歩いているのに、心の奥のぬかるみは「傘をくれ」と叫ぶ。冬の憂鬱に乗せられて、少し粋がった文章を書いて「エモさ」を見せてみたが、私は年末年始をとても快く過ごしている。唯一の不満は実家ではシコりにくいことと、金がないことである。二つだった。これから同期との飲み会である。

 

 こういうポエムはいくらでもかけるが、ちょっとロマンに欠けるかな。

あけおめ

ことよろ

 

※やる気と時間があればなんか書く

今年の目標、達成したいこと

・映画を見る。そして、気に入った映画があれば、パンフレットとかアートブックを買ってみる。

買ったことないんすよね

・旅行に行く

・実家の録画に溜まっていた「羊たちの沈黙」と録画した「ばーんざうぃっち」を見る。

Apple TV+にある「マクベス」と「マックスとフローラ」とドラマシリーズ「モナーク」を見る。

・とりあえず借りている本を読む。ひとまず「不倫」「スポーツとLGBTQ+」「父という余分なもの」「SF作家の地球旅行記」「運も実力のうち?」などを読む。

・暇があればスタバでイキリ読書する

 

1/1から1/8まで休みなので、何か計画でも立てるか。

と思い、手帳に予定を書いてみた。新しく買った「手帳は高橋」の手帳。1日ごとの縦メモリで時間も書ける。

と早速書いてみたが、すでに7日まで予定が埋まっていた。あれ……? 勉強できなくね?

 

そう思った俺は、家でずっと雀魂してた。学びを得なければ。

ということでスタバに来た。

めっちゃ混んでる。

めっちゃ混んでたら、16時ごろに地震が来た。

震源は石川だが、家具は倒れないにせよ、こちらもそれなりに揺れていた。

従業員の案内に従って、店を出ることになり、そのまま家に帰ってきた。

こんなこと誰も想定しないよな

 

 

季節感の復活と新たな体験(感性を高める男になれ!! ケーキ食べたい)

 感性というものについて、考えている。

 私の感性がだんだん鈍くなっている。危機感がある。いや、やっぱり、そんな危機感はない。「全然使えない新人」から「たいして使えない若手」になり、現実で生き、生活も低空飛行で安定してきた。すると、心の奥底の少年まんじろうが「感性が死んでないか?」という声がする。大人のまんじろうは「お腹がすいた。」と答える。

 全盛期のみずみずしい感性のピークは過ぎたのではないか?

 

 自分の感性を磨こう。といっても、どうしよう。新しく枝葉をつけるよりも、過去の内側の自分を研磨して輝かせるイメージで何か策はないだろうか。

 そんなことをぼんやり考えていたら、気絶して1年が経過した。

 

 まず、やってみたのは、「季節のデザートを食べる」であった。

kakuyomu.jp

 今年の6月に、カクヨムの短歌・俳句コンテストが行われた。上記の記事はその選者の先生のインタビューであり、その記事の中で、

俳句の生徒さんにもよく言うんですが、デパ地下にはだいたい和菓子屋さんが入っています。必ず季節の和菓子が出ていますので、それを注意深く見る。見るだけだとあんまりおもしろくないので、苦手じゃない方は購入して食べていただくと、俳句を作る以外の楽しみにもなりますし。老舗のデパートは特に季節感を重視していることが多いので、子どもの日が近づくと武者人形を飾ったりだとか、夏になると立派な風鈴とかがおいてありますので、それも眺めたりして。購入できるものは少なくても、見て回って楽しんでもらえたらと」

と答えていたのを読み、試してみた。

 しかし、デパ地下かぁ〜〜〜〜〜。近くにない。なんならデパ地下どころか、デパートも無い。来年には県内唯一の高島屋が閉店する始末である。

 うーん、どうしようもない。

 ということで、代替案としてシャトレーゼに行くことにした。たまたま車で行けるところにシャトレーゼがあったし、まだ行ったことがあったから、そんなに緊張しないだろう。実際には、1回目の入店はやけに緊張したのだが。

 

 ぶっちゃけ、ただただ甘いものを食ってるだけなんだけど、効果はあった。

 季節感を感じるために季節限定を食べることにした。これが結構大きかった。

 

 今まで、わたしは食の冒険はしない正確で、ずっと同じメニュー、同じ味をたべていた。周りから「飽きないのか?」と聞かれても、全然飽きないし、おやつやデザートは、先に味を決めていた。食べる前からこれにすると決めて、口の中をその味に向けて、実際にそれを食う。例えば、ハイチュウならぶどう。じゃがりこならサラダ一択で、ポップコーンは醤油バターのマイクポップコーンで、ケーキはチョコかティラミスしか食べないときめていた。つまり、安定していたのだ。食べた後の効用が決まっていたのである。賢く言えば、現代的な経済学における定数化した需要(詭弁である)。

 であるため、シャトレーゼに行ってもチョコケーキかティラミスしか食べてなかったんだな。

 ここに気づいて、「いざ! 季節限定!」とメニューの文字を追いかけると、不思議なことに「世の中ってこんなデザートとか果物があるんだねぇ〜〜」という気持ちになった。

 食べてみると、結構美味しい。しかも、味だけじゃなくて「季節感」の情報も食ってる気がするし、「作家感」も食えてる。一粒で3回美味い。以下たべたもののしゃしんをしめす。

 

3つのベリーを使ったショートケーキ。甘かった。

マスカットを載せたショートケーキ。チョコケーキばかり食べていた私には、あまりにも新鮮な体験だった。

栗とさつまいものケーキ。美味しかったなぁ。私はこれで秋を感じた。コンテストの後であるが、こうしてケーキを食べる癖がついた。

夏を感じるためにオムライスに「夏」と書いたが、全然、夏は感じられなかった。



 結果、上々な気分にはなった。俳句・短歌コンテストは入選しなかった。

 

 これで、俺の感性は復活しているのか、分からない。

 季節感は、前よりも感じられるようになった気がする……!!

 

 みんなもやってみよう。

 

ポエムばかり描いている人生

 昨日、友人が私のはてなブログを読んだみたいで、読まれて嬉しかったので、更新しますね。

 

 しょっちゅうポエムを書いている気がする。

 最近は、ラジオのポエム送り付けコーナーに送りつけているのぐらいで、だいぶ出力が少ない。

 まぁ、それは、全然ちゃんとしたポエムじゃない。

 

 文脈ちぢれ芸を5、6年やっていることになる。

 

 人生で一番初めに小説をかいたのは高校2年生だったと思う。手書きだったけど、後々で文字起こししてカクヨムにあげた。探せばカクヨムにある。自分の作品の中で一番星が多い。20個くらいある。

 

 詩作について、師匠も先生も居ないから、ずっと適当に書いているけど、これ以上成長する気がしない。

 停滞、滞留、そして緩やかな減衰。

 思えば、20歳くらいの時が一番想像力が豊かだった思う。

 ただ、あの頃の自分なんて、無礼と無能が肌に張り付いているような存在だったから、社会で働ける人間でもなかったと思う。

 

 今は、多少マシになったと思う。マシになってないけど、マシにするしかない。JIS規格にすら適合しない俺の存在を笑ってくれ。

 

 体調の良し悪しが2週間程度で交代してくる。

 いまは、一番メンタルが落ちてる周期だね。

 小学生とか中学生の時って、自分の調子とか全然気にしなかったけど、最近は調子とか気圧とか、メンタルとか、気温の変化とか、食べたご飯が美味しかったとかまずかったとか、何かとしょうもないことを気に留めている気がする。

 

 

 メンタルが落ちている時に限ってポエムが出てくるんだね。

 

 ポエムを描こうとしたけれど、良いポエムが思いつかない。

 上手に言いたいことばかりである。

 インターネットは、ずっと大喜利バトルだし、ちょっと上手いダンクを決めたって、バスケのプロにはなれないのにね。

 日本語の意味がわかるのに、文章が読めない人たちは、 今日もメリークリスマスに浮かれている。

 高校2年生の時に、自分の自意識を石膏で固めて、化石にしたんだけど、そろそろオパールかフローライトになってないかな。

 ボディランゲージって、殴り合いのことらしいよ。

 やることないから、人に親切にしたいね。優しくするのに疲れたよ。

 

 というポエムを書いておこう。

 

 この文章って、読む意味あるんかな? 冬です。

性的なものに影響されてる…あぁ〜えっちだねぇ〜〜

 自分の時間が無くなるというのもある。

 

 実家に帰っていた。

 私は一人暮らしで、月に一回くらいの頻度で帰っていたのだが、ここ4週間ほど、毎週帰っていた。

 もちろんそれぞれ理由があった。

10/28 福岡旅行

11/3 京都旅行

11/11 行政書士試験

11/21 愛知に遊びに。

 自分の時間ってなんやねんという気持ちもあるが、YouTubeをひたすら流しながら、ゲームするような、虚無を過ごそうと思ったり、なんとなく二回くらい自慰行為をしたりする時間が欲しい。

 

 えっちなものの話。

 SNS見てるとほんとにえっちな画像を探すようになってしまってよくない。

 コスプレイヤーもえっちだし、スマホゲーのイラストがばんばん回ってくるのもえっちだ。

 そう言うタイムラインを作ってるのは、自分自身である。なので、避けるように企業のアカウントや何かといいアカウントをフォローして、タイムラインを綺麗にしてるつもりなのだが、検索といいねで作られるアルゴリズムは、否応なしに俺にえっちを押し付けている。俺はそれを積極的に拒否できていない。

 性的なあおりを喰らって、欲情してるのが物悲しい。俺は無力。大学で何を学んだんだ俺は。

 

 AVの話。

 私はAVに影響を受けておる。それはもうすごい。AVの配信サイトの大手FANZAのサイトを定期的に見ている。

 FANZAとは、動画配信サイトDMMのアダルト版だと思っていただけるとありがたい。

 そのには、2D動画、VR動画、電子書籍(グラビア、漫画)、同人(同人漫画、音声、CG)などがある。

 私は大体2D動画のサイトをネットサーフィンしてる。

 

 年がら年中AVのセールを行っている。割引率は大体30%オフが多い。(メーカーの30%オフ、ブランドストア、日替わりセールなど)

 コロナ前までは、一番大きな割引というのは、ゴールデンウィーク、お盆と年末年始の50%オフが大きかった記憶である。

 しかしながら、社会がコロナになった時に「10円セール」という大体30〜50作品を10円で売るという投げ売りセールをした。2年間で4、5回したのではないだろうか、俺も8割くらい買った。

 ここ一年はそう言った10円セールは無くなった。流石に投げ売りだったからだろうか。 

 その代わり、割引率が高いセールが時たまやるようになった。まさに今その人気上位作品70%オフセールというものをやっていて、まぁ安く売られている。

 

 ファンザの割引の変遷を語ったのはなぜかというと、俺みたいな、金の無い社会人がそう言うセールでAVをいっぱい買うと、購入済みの棚が一気に占領されるのである。

 数だけ言うと、今、200本近く買ってることになるが、そのうち4分の3がセール関係で手にしたことになる。

 

 そうなると、安いからと買った私は、好みではなくともそれを見る。

 「安いAVの規範的意識」をこの体に刷り込んでしまってる。AVの規範、つまり、避妊具の無いセックスとか、大体の決まった順番とか、激しい動きの行為とか「嫌がるのは喜んでる証拠」みたいな価値観の刷り込みを受けているのである。

 

 これに対して、AV買い始めた時から意識的に気をつけていたけど、でもやはり、難しい。

 AVサイトで煽動的なパッケージや売り文句のコピーライディングがあるし、俺はそれを大量に読んでいる。さらにはSNSYouTubeでもAV女優が出てきて、"男性の夢"を壊さないような発言をしたり、愛嬌よく振る舞っている。

 俺もこれだけの数を持っていれば「俺は世の中のジェンダーバイアスには誑かされないぞ!」と自己暗示をかけていようとも、無傷という訳には行くまい。

 

 話は逸れるが、AVのサイトに書かれる情報量は多いと思う。チェーンの家系ラーメン店ぐらい多い。

 そのくせ、形而上学的に最も重要で、我々に卑近な、限られたリソースから得る娯楽にとって、いや、もはや人がどう善く生きるかという大きなテーマと言っても過言ではなく、けっして抜き差しならない観点、つまり「良いか悪いか」については全く分からない。マジで目眩しの情報ばかりである。

 少し前に、ラノベタイトルやなろう系のタイトルが長大化してると言うのもあるけど、AVも似たようなもので、私が買い始める時には、すでにだいたいのAVもめちゃくちゃ長いタイトルだった。

 

 サンプルを見るのもあるけど「シチュ」「相手の属性」「関係性」はタイトルに書かないと気づかないのである。

 

 どこの本で読んだか忘れたけど、AVが他のメディアと異なる点に「スキップすることが前提で作られる映像作品」と言うのがある。

 映像を見る時には刺激が必要で、その刺激は個人により異なるため、常にシークバーを触りながら見ることになる。現代最大手のぽーんはぶは、通称「抜きどころメーター」と呼ばれる視聴回数が多かったところを棒グラフ形式で映像の時間に合わせるような仕組みがある。YouTubeでも同じシステムがある。あれである。あれをコスパの面から語ることもできるんだろう。

 

 しかし、サイトの映像が良いか悪いかは、実際は見てみないと分からない。判断をする前に見ることはできない。ただし、視聴者も金を出してる以上ハズレを引きたく無い。

 

 そのため、周りの情報やレビューが大事になってくる。

 

 ちなみに、最近の個人的な愚痴としては「福袋系」の商品に適切にクレジットがつかないから、もう少し丁寧にしてほしいというものがある。

 誰が何の作品に出てるか、あんまりすぐに検索できないから、分かるようにしてほしい。これは素人ものに出てくる女優の名前を出すべきなのか、出さないという夢を見るべきなのか、という問題もある。

 

 

 とにかく、私はAVの影響を受けまくっているという話である。

 私の手取り足取りも、きっとどこかのAVの真似事に違いない。できれば、一度もAVを見ることないままで、できたらな、と思うが、一度刷り込まれたものは戻せない。

 俺は無力。大学で何を学んだんだ。